受傷から129日: 親子入院⑤週間のリハビリ進捗

転院してきて、早5週間。

少し疲れが溜まってきました。

先週は、今後の動きにつながる調べものやら、電話やメール連絡も多くて、なかなかゆっくりした時間も取れず。

偏頭痛の薬が手放せません。

リサーチに熱が入りすぎたり、読書もしたいしで、夜更かししてましたしね。

今週末は2度目の一時帰宅してきました。

そして親子で風邪をひきました。

きちんと寝ます。

 

息子の変化は毎日書いても書ききれないほどなので、1週間分まとめてだとなかなかの分量。

 

・ぐずりがひどくなってきた!

→ 割とクールな感じで、泣くことが極端に少なかったのですが、少し感情が出てきたのかな?相変わらず我慢強い子ですが、小さい子特有の、原因不明なぐずりを突然するようになりました。

→ 抱っこすると落ち着くという法則が少しずつ確立されてきた感じ。母や特定の人への執着心はまだまだ見えないけど、少しずつコミュニケーションできたらと思います。

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・左に向いてしまう体の歪みが目下の悩み

→ 座位のときに特にひどく、顔が左を向いて固まってしまう。ご飯を食べるときにも顔が左を向いてしまい、そのままの姿勢でいるともっと歪みがひどくなるので、最近はもっぱら抱っこ食べです。困った。うつ伏せしていても、立っても、仰向けでも薄っすら左向き。そして首が痙縮しているのか、左下に顔が落ちます。緩和するにはマッサージするしかない?

 

・左側の顔を左手でこする癖も継続中

→ おかげで、左の頬が荒れてザラザラ。クリーム塗っても塗っても追いつきません。出来るだけ顔を触って刺激に慣れさせる。今できるのはそのくらいです。

→ 勢い余ってNgチューブを抜いてしまう。最近は毎日入れ直し…早く取らないと大変。

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・水分摂取がなかなか進まず、Ngチューブ(経鼻胃管)が抜けない

→ 明らかに水分取れる量が少なくて、人生初の便秘を経験中。今まで快便が自慢だったのに。浣腸も初体験し、赤い顔でぶるぶる震えてました。

→ 色々なグッズを揃えて、色々な方法を試してますが、なかなかうまくいきません。とりあえず、目指せ!200ml。

 

・四つ這いができるようになった!

→ なんとなんと、腕と肩の位置を調整して支えるだけで、自分で足をグイグイっと動かし、お尻を上げて、四つ這いの姿勢を取れるようになりました。そして、そのまま進みたそうに左右の足をグイグイ前へ動かします。リハビリ始めてから初めて、目頭が熱くなりました。よくここまで来たなと。頑張ってます。

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・右手の動きが目に見えて大きくなってきた

→ OTで体の右側を意識させるようなリハビリを続けたところ、明らかに右手の稼働が多くなってきました。やっと気づいたかな?特に左手を封じられると、右手をブンブン振り回します。

 

・左手の目標到達がうまくなった

→ 左手は右脳のダメージからか、不随意運動のような動きもあり、動かしたいと思ったときに筋肉の使い方の指令がうまく届かず、自分が触りたいものに触れないという状態でした。それが、最近の顔をこする動作が練習になっているのか、目標到達がかなりうまくなり、速度も付いてきました。

 

・仰向けで寝られるようになった

→ 緊張が高い頃は仰向けにすると背中が浮いてしまうくらいでした。寝るときは必ず横向きにして、時々体勢を変えるようにしていたんですが、いつのまにか仰向けで寝られるように!しかも横向きから自分で仰向けにも体を動かせるようになっていました。薬の効果か、脳が落ち着いてきたのか、緊張がかなり和らいできたようです。

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・両足バタバタするようになった

→ 最近おむつ替えの時にやたら蹴られるので、なんだか懐かしい感触…と思ったら、そういえば6ヶ月でSサイズのパンツおむつに切り替えたほど、息子は足癖がひどいんでした。これまでは、仰向けにしても手足を全く動かさずとても静かだったので、大きな変化です。こんなに足をバタバタ動かせるようになったんだと感動。小さい頃の息子を思い出します。

→ 最近トランポリンで一人遊び?を覚えて、足を動かすと体全身に振動が響くことを発見したようです。楽しそうにバタバタ足を動かしています。

 

・薬を調整中

→ 脳のダメージから来るひどい睡眠障害に悩まされていた時に処方されたセルシンという薬。筋緊張を取るほかに、精神を安定させる効果もあるので、気になっていました。最近、夜寝られるようになってきたので、この薬を切る方向で少しずつ調整中です。入院中でないとなかなかできないので、減らせる薬はできるだけ減らす方向で調整していきたいと思います。

脳死宣告

息子が受傷して4ヶ月です。

日本はすっかり秋になりました。

毎日が一瞬で過ぎていきます。

息子の回復にできるだけ良いことをと情報収集し、リハビリに励み、日々を駆け抜けている感じがします。

いつかこの生活が落ち着いて、日常取り戻し、今の幸運を忘れてしまう日が来るかもしれません。

自分の不幸を嘆く日が来るかもしれません。

その時のために、書いておこうと思います。

 

 

息子が脳死宣告をされたのは6月29日、受傷してから9日目のことでした。

こんなに早く宣告をされるとは夢にも思っておらず(夫はミーティングがあると聞かされた時点で覚悟していたそうです)、今後の話をするから話し合う場を設けたいと言われたわたしは、一字一句逃してはいけないと、iPhoneの録音機能をオンにしていました。

まだ、聞き直すこともできず、消すこともできていません。

録音は、全部で26分37秒。

あの時の気持ちを思い出しました。

 

ミーティングルームに入ると、先生たちが6〜7人並び、とても重苦しい雰囲気。

前置きは短く、ICUの担当医が、

We believe he is brain dead.

と言ったのを覚えています。

そして、脳神経科の医師が、その判断にいたるまでの検査結果など、あらゆる可能性を探った経緯を説明して、

99%、息子さんは脳死です

と言ったのです。

そして、脳死判定テストの日にちは私たちが決められること、テストは2回行われ間違いがないよう確認されること、2回目のテストが終わった時点が法的な死亡時刻であること、納得するまで待つけれどそれまでに息子の命が先に尽きるかもしれないこと、臓器提供という道があることを説明されました。

私たちは意外と冷静で、本当にもう手立てはないのか、可能性は1%もないのかと聞き、残念ながらありません、という答えをもらったように思います。

その場に並んだ他の科の先生たちも、もうこれ以上治療の余地はありません、という答えでした。

それ以上言葉もなく、ミーティングは終了しました。

 

 

先生たちが部屋を出て行った後、夫婦で顔を見合わせて泣きましたが、頭は放心状態で何を考えていたか、あまり覚えていません。

 

 

正直、それまでの経過でかなり厳しいことは理解していました。

それまでの1週間ちょっと、ベッド脇から離れずに息子の様子を見ていたので、その可能性を考えなかったわけではありませんでした。

血圧や心拍数は恐ろしいほど乱高下し、ICPという頭蓋内圧の値は平均値をはるかに超える高い数字が長期間続いていました。

痰が鼻や口につまらないように吸引する時や体の清拭の度に、体が悲鳴を上げているかのように、ICPが急上昇しました。

頭蓋骨を外して脳圧を逃しているはずの頭は膨張し、体位変換も数センチずつしかできないため、床ずれで後頭部に血が滲んでいました。

瞳孔はほぼ開ききって、光への反応はなく、その他の生体反応も全くなし。

丸一日モニターしていた脳波も振れなかったのです。

先生たちも毎日何度も様子を見にきては、体の反応をテストしていて、その度に何か変化があるか聞いたものの、答えはいつも同じ。

状態に変化はありません。

 

触る隙間がないほどに点滴や管で覆われた体を指先で撫でながら、なんとか目覚めてほしいと耳元で声をかけ続けていました。

でも、身体中パンパンに腫れ上がって、人相もわからなくなってしまった息子。

その姿がかわいそうで、かわいそうで、胸が潰れそうでした。

早くこの痛みや苦しみを取り去ってあげたい。

だから、脳死を宣告され、恐れていたことが現実になってしまって、とめどなく涙は溢れましたが、でも、この苦しみから息子は解放されるんだとも思ったのです。

 

 

つらかったのは、脳死と宣告されて、住んでいたコンドミニアムに初めてシャワーを浴びに帰ったときでした。

息子が元気に部屋で遊ぶ姿が、まるで幻想のように浮かびました。

クローゼットの扉を何度も開け閉めしながらいたずらっ子のように笑う姿が浮かんで、ヨチヨチと覚えたてのあんよでリビングを歩き回る姿が浮かんで、テラスから見える電車を指差して熱心に話しかけてくる姿が浮かんで、どうしようもなく悲しい気持ちになりました。

廊下で、夫が堰を切ったように泣き始めました。

家中に響き渡る大声で、床を転げ回るように泣いていました。

わたしたちは悲しくて、悲しくて、悲しくて、息子がこの世からいなくなることが耐えられず。

溺れそうになっていました。

 

 

まだ息子は笑わないけれど、楽しそうな表情を見せてくれることがあります。

ママとはわからないかもしれないけれど、抱っこをすれば手でギュッと掴んでくれるようになりました。

命は、なんて尊いんだろうと思います。

あの時、もう生きていけないなと一瞬でも思ったこと。

反省しています。

誰しもが誰かの息子や娘であり、誰かの大切な存在であり、ただ生きていかなければならないことを、今では知っているからです。

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受傷から121日: 親子入院④週間のリハビリ進捗

↑ 心理の時間にボールプールに入った息子。不思議な感触に戸惑ってます。(前にも遊んだことあるんですが、忘れてしまったみたい)

更新久しぶりなので、写真多めです。

 

PT(理学療法)

・うつぶせや、手で上半身をささえる姿勢の時、首を上げて維持するのが普通にできるようになった

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・座らせる時や、足から背筋までキチンと伸ばして立つ様子を見ると、かなり体幹がしっかりしてきた印象

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・左側への傾き、ねじれがひどくなっているのでマッサージとストレッチを強化

→ 左の顔への左手の執着が激しいこと、また右の視界がほとんど見えていなくて左に意識が向いてしまうのも歪みを助長している。顔のマッサージも再開して、鼻のあたりの過敏さを和らげる必要がありそう

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首から肩、肩甲骨、脇のあたりが緊張高く、痙縮傾向にある。マッサージも嫌がるが、眠たい時に少しずつ触るなどして、慣れが必要。特に首が肩にめり込んで、筋が硬く短くなっている。グッグッと筋肉を握るようなマッサージで自分の体を教えてあげるのも良い

→ 背中が丸くなって姿勢が崩れる原因で、椅子に座らせてもバランスを崩すのはこのせい

→ 左側を下にした時に鼻を擦り付けるように、顔がクイックイッと下に引きつけられるクセがあるが、痙縮による反射のような動きが出ているのかも

 

OT(作業療法)

・右手強化週間

・右手を意識して使えるようにリハビリしたおかげで、両手におもちゃを持たせて振りながら右に移動すると、目線が右に向く割合が増えた

・新たに自分の手で支えて乗り物に乗遊びを取り入れたが、多少速度をあげても体が後ろに倒れずにバランスを取れるようになってきた

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※ OTの先生は毎回色々な遊びを試してくれるので発見が多く、息子も楽しいようです。PTの先生も息子の体のことを誰よりも理解してくれていて、毎回じっくりみっちり、臨機応変にやることを変えてくれます。聞いていると先生の能力にも個人差あるようですが、PTもOTも素敵な先生でよかった。

 

気づいたこと…

・左側への執着が改善しない。体のねじれに加えて、視界や手足の動きやすさも関係して、余計に左側に向いてしまう。

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↑ 何をしていても左を向いてしまう&左手を抑えていないとすかさず顔ゴシゴシでほっぺが真っ赤。

 

・仰向けになって真上に絵本を掲げて読んでいるときは、目線が真上に向く

ボバラップで包んだときに、顔が上を向いたときも目線が左に流れることなく、真上をじっと見ている

・ベッド脇のメリーは頭のてっぺん方向から吊るした方が反応がいい。(横からだと見えにくいのか反応が薄い)

→ やはり見える範囲、近さに条件がありそう。赤ちゃんでも視力が測れる装置があるそうなので、退院後に大学病院の眼科を受診しようかと思います。どの程度見えているか、どの範囲なら見えるのかわかれば、遊び方や接し方も変わると思うので

受傷後、左目が上にずれてしまう斜視がある。左まぶたも8割ほどしか開かないため、麻痺性斜視ではないか?

→ 斜視によって見え方が弱くなってしまうこともあるらしいので、やはり眼科受診を希望しようと思います

 

リハビリで好きなこと

・ロディちゃんに乗ること

・トランポリンで跳ねること(母が抱えて)

・膝の上にタンバリンを置いて叩くこと

→ 目をまん丸にして、少し口角が上がるので、楽しいというのが伝わってきます。少しずつ、好きなものが増えていけばいいなと思います

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受傷から116日: 両親と、兄と姪っ子

今日は鹿児島の実家の両親と、関東に住む兄と姪っ子が、お見舞いに来てくれました。

甘えて食料やら生活用品やらを頼んだら、大量に買って揃えて、車で運んできてくれました。

ありがたい。

この病院は、週に3回しかお風呂に入れないことと、ご飯を自分で調達しなくちゃいけない割にコンビニしかない(最寄駅までバスで20分)ことが、入院にあたってかなりネックになるかと思います。

病院には名ばかりの食堂があるのですが、もしかしたら今後稼働予定があるのかな?

テレビのAD時代に、お風呂に入れない環境も、三食コンビニ飯も嫌という程経験しているのですが、どちらかというとご飯の方が堪えます。

何を食べても、全部同じ味に思えてくる。

ツライです。

 

先日友人が来た際に、最寄駅のスーパーでパックごはんや、レトルトのパウチ食品を調達してもらって、それがとても助かったので、今回もリクエストしてみました。

なんと、パックご飯1ケース!

そして、おかずやカップ麺もたっぷりと。

しばらくは、不自由なさそうです。

聞けばデリバリーしてくれる店も何軒かはあるそうなので、今度試してみようと思います。

 

姪っ子とは、5ヶ月ぶりの再会。

相変わらずのかわいさに、とても癒されました。

つい最近、下に甥っ子も誕生したのでお姉ちゃんぽくなっているかなと思いましたが、今日は大人に囲まれて、いつも通りの自由でやんちゃで元気な姿を見せてくれました。

3歳半で、頭のいい子だし、ママは本当に大変だろうな。笑

叔母としては、ただただかわいい。

こうなってみて、子どもが健康に成長するって奇跡なんだなと改めて思います。

どうか、このまま、すくすく元気に育ってほしい。

短期間で変わってしまった息子に、驚いてしまうかもと思っていましたが、いつもの人見知りがなくなったら、息子の名を呼び、頭をなでて、ハイタッチして、ぎゅーまでしてくれました。

両親や兄が、大きなケガをして頑張って治しているところなんだよときちんと説明してくれていましたし、まだ小さいですが、意外と子どもは聡いので、敏感に感じ取っているような様子もありました。

せっかくの家族ですから、こうやって、自然に息子のことを受け入れられる年齢と近さで、一緒に大きくなっていけたらいいなと思います。

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今回、兄の家から、車で3時間以上かけて来てくれた家族。

日本を離れる前に、両親の元で1ヶ月ほど一緒に暮らしていたこともあり、受傷後初めて息子に会った母は、生きていてよかったと、涙が止まらない様子でした。

受傷直後、現地まで駆けつけてくれた父は、今の息子の回復ぶりに驚いていました。

こうやって笑っていられるのも、息子が頑張って生きてくれたおかげだなと実感します。

 

久々の家族との団らんは、とても楽しい時間でした。

受傷から115日: 初めての一時帰宅㊗️

この週末、受傷してから初めて息子が一時帰宅をしました!

土曜日に息子にとって新たな手法のリハビリを試す機会が訪れて、それになんとか参加させてあげたいと思い、急きょ都内に戻ってくることになったんです。

帰国後、新たに家具家電を揃える必要がありましたが、息子にとってベストな環境を未だ模索中で今後動く可能性もあったので、家の装備は必要最低限。

正直、帰宅は今回の入院が終わるまでしない方がいいかなと思っていましたが、いい機会でした。

ベビーベッドはおもちゃで埋もれているので、私たちの簡易ベットで寝たり、座位保持イスも当然ないので、いつも使っているベビーカーの車輪を拭いてリビングにあげてご飯を食べさせたり、そんな間に合わせの一時帰宅。

でも、息子はそんなこと意に介さず、入院で整ってきた生活リズムで動き、よく食べよく寝てくれました。

移動中やお散歩でも目をキョロキョロ、外の世界に興味津々で、生き生きした顔を見せてくれたので、いい刺激になったようで良かったようです。

最近の左の向きグセが一時的になくなったかのように左右に視線を送り、新たに入ってくる刺激を楽しんでいるようでした。

ご飯は市販の瓶詰めでしたが全て口から食べてくれ、薬もゼリーで飲めたので、Ngチューブからの注入は夜中の薬と水分補給のみ。

受傷してからずっと病院で過ごしてきたので、親はかなり緊張しましたが、問題なく一晩家で過ごすことができ、安心しました。

まだ息子が生まれたばかりの頃に暮らしていた家でもあるので、感慨深かったです。

今回の一時帰宅の目的もそうでしたが、今後退院した後のリハビリ環境を整える準備を、少しずつしなくちゃいけないなと思います。

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