受傷から154日: 改良版 座位保持イス by リハ工さん

なんと、なんと。

体の歪みがひどくなり座れなくなっていた座位保持イスに、再び座れる日がやって来ました!

 

この病院には、様々な装置や装具などを体に合わせて調整してくれるリハビリ工学(通称、リハ工)のエンジニアさんがいるのですが、病院にある座位保持イスを息子用にカスタマイズしていただいたのです。

PTの先生やリハ工さんとアイデアを出しあって、作っては調整してを繰り返して数週間。

イスの角度やクッションの厚みの細かい調節だけでなく、存在しなかったヘッドレストを一から作って(しかも位置調整可能)、さらに息子仕様に可動式のネックサポートまで装着されていました。

何をしても体が崩れてしまう息子が、姿勢を正して、しかも機嫌よく座れるイスが、ついに出来たのです!

DFE6B628-EB26-49F5-80C2-E3108B6DC765.jpeg

 

↓ この首の抑えは、ネックルという市販の装置を真似たものですが、これが息子にはピッタリ。

506939CA-674B-4D24-A861-3A562E71BD36.jpeg

首から肩をグッと抑えたことで、左に落ちてしまっていた体は矯正され、さらに首自体が左向きにロックされていたのが、なぜか左右にぶんぶん動く。

拘束されて苦そうな感じはなく、歪みの原因になっていた部分が抑えられて、逆に首の可動域が広がった感じ。

何より、何に座らせても機嫌が5分と持たず緊張してしまう息子が、嫌がらずに落ち着いて座れています。

 

これまでは横向きの赤ちゃん抱っこで、左に向く顔を動かないように腕でロックし、さらに顔を擦りにいく左手を抑えて、食べさせていました。

顔の角度はほぼ真上で、喉に食べ物が落ちやすい状態のため、なかなか口が開かなくなっていた息子。

歯と歯の間に無理やりスプーンをねじ込む形で、ほとんど丸呑みの状態でした。

CB54B21C-DE5A-4FFD-B266-97B0C109EA42.jpeg

それが、首が自由に振れるようになった分、食べさせるのは大変になりましたが、口はしっかり開くし、ちゃんとモグモグできているし、食事時間が一変しました。

まるで魔法みたいです。

 

このイスをそのまま買い取りたいくらいですが、それは出来ないので、この仕様を参考に、近い将来座位保持イスを作りたいと思います。

とりあえず退院まであと1ヶ月弱、このイスを使って、座位での食事がスムーズにいくように練習頑張ります。

 

今夜の晩ご飯は、ほぼ完食でした。

感謝、感謝です。

F8EA2031-972A-4E51-8D69-35FF49C1C380.jpeg

臓器提供について考えたこと

( ↓ 11/21に書いた記事ですが、数日遅れでアップします)

今日で受傷から5ヶ月。

脳死宣告のその後の話。

 

息子の脳死宣告があった時、真っ白な頭の中にふと浮かんだのは臓器提供のことでした。

先生たちからも話がありましたが、その時には心に決めていました。

ミーティングが終わって、たくさん泣いて、ぼーっとした頭のまま、夫に「臓器提供がしたい」と伝えました。

 

我が子が脳死宣告をされて、即座にそんなことを考えるなんて、と思われるかもしれません。

もちろん脳死は到底受け入れられるものではなく、信じたくもありませんでした。

でも、先生たちが宣告にいたるまであらゆる可能性を探っていたのも知っていたし、99%間違いないと言われて、まさかそれが本当に間違っているなんて思わなかったのです。

信じたくはない、でも、もしも息子がいなくなってしまうなら、身体の一部でもこの世に存在していてほしい。

“息子がどこかで生きている”という現実が欲しい。

すがるような気持ちでした。

 

夫の返事は、YES。

わたしがそれを望むならそうしよう、と言ってくれました。

後々聞いてみると、夫の純粋な判断であれば、NOだったそうです。

色々な思いがあったと思います。

でも、夫はその場でYESと即答してくれました。

わたしが息子のことについての望みを叶えることが、夫が望むことだったからです。

私の判断に100%同意するし、それは心からの賛成だからと言ってくれました。

 

ただ、あの時のわたしにはそれが少し苦しかった。

 

 

“臓器提供したい”と夫に伝えた気持ちに少しの迷いもありませんでしたが、時間が経つにつれ、当たり前のことに思い至りました。

“息子はこのことをどう思うんだろう。”

まだ意思決定できない幼い息子のことを決めるのは、全て親である私たちの責任です。

でも、息子の身体は息子のものなのに、その一部だけでも存在していてほしいなんて、親のエゴなんじゃないか。

そもそも「臓器提供したい」なんて、わたしが言っていいことなんだろうか。

 

日本には、6歳未満の臓器提供は8例しかありませんでした。(2018年11月現在は9例)

改正移植法が2010年に施行されてからもう随分経つのに、症例が少ないのには理由があるはずです。

そして、いざ臓器の摘出手術になった時に、息子は本当に痛みを感じないのか。

臓器移植のコーディネーターには脳死状態では痛みは一切ないと説明されたけれど、それに反対の立場を取っている医師も一定数以上いることを知りました。

もしも痛みを感じていたらと思うと、心底ゾッとしました。

これだけ苦しんでいるのに、まだ苦しませることになるのかと。

当たり前ですが、摘出手術には立ち会えません。

どんな最期を迎えても、待つしかありません。

怪我をした時、痛くて怖くて、息子がママに一番そばにいてほしかった時にいてあげられなかったのに、命が尽きる瞬間すら手を握っていてあげられないのか。

 

でも、臓器提供すれば助かる命がたくさんあることも、どんなに望んでも望んでも手に入れられずに苦しんでいる人がいることも知っています。

ここで命が終わる息子が、何かを成し遂げる、この世で生きた証を残す、最初で最後のチャンスかもしれない。

息子の人生について、生まれてからそれまでのこと、消えかけている未来のこと、全てに思いを馳せました。

母としてどうすべきで、何が正解なのか。

 

それぞれの宗教の見解にも目を通しました。

仏教、神道、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教。

思春期に自分の存在意義に悩み、あらゆる宗教や哲学関係の本を読み漁っていた時期がありましたが、その時と全く同じことをしていました。

わたしたち日本人は、一般的に冠婚葬祭以外で信仰を意識して生きているわけではないけれど、自分の手に負える範囲を超えた瞬間に、人智の及ばぬ何かに目が向くんだなと実感しました。

臓器提供を強く推奨している宗教もあれば、禁忌としている宗教もありました。

 

わたしは自分がどうしたいのか、全くわからなくなりました。

 

夫に「やっぱりやめる」というと「じゃあ、やめよう」と言い、「やっぱりやりたい」と言うと「いいよ、やろう」と言いました。

わたしの望みに100%同意するという姿勢は崩れませんでした。

夫の気持ちは、十分すぎるほどわかっていました。

 

袋小路にはまり、実家の父にも相談しました。

「1ミリでも迷いがあるなら、やめた方がいい」

きっと息子が生まれるまでのわたしなら、そのアドバイスに従っていたと思います。

今まで何かを決断するときには、父ならどう判断するかという思考が常に頭の片隅にあったからです。

でも、このことについては別でした。

いっそのこと誰かに決めてもらいたいと思いましたが、息子のことはわたしが決めなければいけないんだとわかっていました。

そして、きっとどちらを決断したとしても、後悔はするんだと思います。

 

悲しみに溺れそうになりながら、連日連夜考え続けて、数時間毎に意見が変わるわたしを見かねた夫が言いました。

「般若心経を読んでみようよ」

何かヒントがあるかもしれない。

聖書でもコーランでもよかったのかもしれませんが、馴染みのない中でも一番馴染みある般若心経を一緒に読みました。

そのままでは理解できないので、現代語訳と解説を、何度も何度も読み返しました。

頭はすっきりしました。

ようやく決断できたと思っていました。

 

 

でも結局、意思とは別にぐるぐると思考は回り続け、脳死宣告が撤回される最後の最後まで、決断はできませんでした。

そして4日後の朝、夫が触り続けてい左耳の刺激に、わずかに息子が反応したのです。

「脳死は撤回されても、厳しい状態には変わりありません。意識が戻らないかもしれない、寝たきりで動けないかもしれない。普通に生きられるとは思わないでください。」

わたしたちが喜びすぎないようにという配慮だったと思います。

その言葉には少なからず肩を落としましたが、実際言われていた状態よりはずっと良くなって、できないことへの落胆よりも、進歩の喜びの方が大きいです。

 

 

わたしは家族が思い悩まなくていいように、臓器提供の意思表示をしました。

今でも、あの4日間考え続けたことへの答えは出ていません。

受傷から151日: 愛着とか、感情とか

最近急に、息子が泣く回数が増えました。

急性期を乗り越えた後は、大きな声で泣くのは1日1回ウンチのときだけ。

水分が慢性的に不足しているせいで硬くなってしまって、出すのに痛い思いをするので、その時だけは顔をクシャクシャにして泣きます。

それが、眠くてご飯を食べたくない時や、寝る前の不機嫌な時も、ギャーと全力で泣くようになりました。

不機嫌なことを文句を言うだけでなく、泣いて表現するようになりました。

↑ あやしてもあやしても全く泣き止まないので、諦めて写真を撮ってみる。泣き顔ってかわいいですよね。笑

 

さらに、あまりに疲れていると、抱っこでも寝てくれるようになったり、

C56C0AAD-07DC-42CA-B0EE-56E9A519FEAB.jpeg

↑ 眠くてご飯を食べたくないと泣き、そのまま抱っこで寝落ちの図。

 

何もないときでも、床に転がしておくと抱っこするまで大きな声で文句を言っています。

抱っこすると、見事にピタッと止まる。笑

B8BC55CC-5C30-480A-91B9-40BF8B2A981B.jpeg

 

そして昨日の夜は、眠くて虫の居所が悪くて夕ご飯は一切食べず、そのまま泣き続けて、泣き疲れて抱っこで寝ました。(そのせいでNgチューブを入れることになりましたが)

この頑固な感じ、感情が前面に表れている感じ、なんか…普通!

 

最近、顔がお兄ちゃんぽくなってきたねと言われることも増えました。

少しずつ感情が出てきて、好きなものができたり、(まぐれでなく)笑顔が出てくるといいなと思います。

受傷から149日: 親子入院⑧週間のリハビリ進捗

毎日目まぐるしい変化を見せてくれている息子。

箇条書きで、最近の変化を。

 

・首が完全に座った

・寝返り→うつ伏せで、手を抜いてスフィンクススタイルになるのが早くなった

・うつ伏せも四つ這いも相変わらず嫌いだが、足をぐいぐい動かして前に行こうとする

・左画面をこする動作が少なくなった(まだ疲れた時、ストレスを感じている時、眠い時はゴシゴシこすってます)

・左側に落ち込む歪みが少しましになった(左の向きグセは変わりませんが、落ち込みは筋力ついてきたのか支えれば持ちこたえるように)

・左手に体重を乗せられるようになってきた。右手はまだまだ

・足に力を入れる、抜くがわかってきたのか、立つ⇄座る(介助あり)がスムーズにできるようになった

・首が座ったからか、横抱きにしていると首をグッと持ち上げることが多くなった。ベビーカーでも前のめり気味になって、肩から頭が浮くことも!

D12F156D-5D92-47CC-AC0F-4AA52ED4FBE4.jpeg

 

水分摂取は相変わらず苦労してます。

こもりやすくて熱が出たり、おしっこが濃くなったりしているので、必要に合わせてNgチューブ入れてソリタ水注入しています。

退院までにゴクゴク飲めるようになるといいなぁ。

3159127D-DBF5-4DE4-9879-56731DA70AFF.jpeg

受傷から148日: 見えてる?見えてない?

息子の目は見えていないんじゃないか?

ここ1ヶ月ほどずっと不安に思っていました。

意識がはっきりしてくるにつれ、周りの人間を見るようなそぶりを見せていたので、少しは見えているのかなと思っていたのですが、最近はそれもなくなってしまい、全然目が合わない。

目の前でおもちゃを振っても、全く気にしない。

追視もない。

光への反応はあると言われていたけれど、明るいところにいっても目を細めない。

そばで様子を見ていると、見えている気配がほとんどないんです。

 

人は、視覚から得る情報が大半です。

それだけで、生きやすさ生きにくさに直結します。

もちろん見えないなら見えないで、生きる道はいくらでもあるけれど、十分ハンデを負っている息子には酷だなぁと。

この世界には見るべきものがたくさんあります。

できれば、なんとか少しでも見えていてほしい。

 

 

最近、入院先の病院で眼科にかかって、検査してもらったり、息子の反応を見てもらったりしていました。

その結果…

・瞳孔の絞りなど光への反射はあって、神経は問題ない

・目の奥も濁りもなくきれい

・反応からすると、見えているか見えていないかは半々

・とにかく今は見えていると仮定して、視覚的に刺激を与えること

 

眼科の検査に使うピンポイントの強い光には、全然反応しませんでした。

最初は先生も見えているんじゃない?と言っていたのが、診察を重ねるうちにどっちかわからないね〜に変わりました。

反応を見るだけでは、本当にわからないそうです。

見えていても、それを表に出せないことも、脳障害がある子には珍しくないと。

ただ言えることは、聴覚が優位なのは確かで、極端に聴覚と視覚の差があると、そういうものだと思って目で見ることを放棄してしまう。

だから、とにかく刺激は与え続けてください、と。

 

色とりどりの絵本を見せたり、暗闇でピカピカ光りを見せたりというのが有効だそうです。

絵本は朝晩の読み聞かせで、ほとんど絵を見る様子がなくなってしまっているので、暗闇でのピカピカ作戦やってみようと思います。

そんな話をしていたら、入院中で一緒のママさんから、スヌーズレンのことを聞きました。

※スヌーズレンとは、知的障がいの方たちがリラックスできるようにと始まった取り組みで、光、音、香り、振動などを使ったリラクゼーションルームで心地よい刺激を得ることができるそう。療育施設には設置されているところも多いとか。暗くした部屋で色々な光が動くので、息子にもいい刺激になりそう。

全然知らなかったので、詳しく調べてみようと思います。

あと、同じようなことで悩んだことがあるママさんから、TDLの夜のパレードも有効だったよ!とか。笑

試してみたいです。

 

 

そして、先週末に鍼治療に行ったとちらっと書いた件。

息子にしては珍しくギャン泣きで、あまりに辛そうに泣く姿に心が折れかけたんですが、ふと息子の目を見ると、斜視のある眼球が寄って、昔みたいに真ん中で焦点が合ってる!

516AA68E-E796-4E51-9A41-BB39CD2F4D2E.jpeg

↑ わかりにくいですが、確かにまっすぐ。

初回だったので、頭と顔だけだったんですが、そういえば目の横あたりにも鍼は打っていたなと。

数時間で戻りましたが、あまりの即効性に驚いて(まさか斜視に効くとは思いませんでしたが)、思わず回数券買いました。

その影響なのか、今週はいつもより少しだけ目が合う気がするんですよね。

リハビリの先生からも指摘されました。

鍼と因果関係があるかは、全くわからないけれど、試せるものは試してみようと思います。

息子の視力については書いてしまうと現実になってしまいそうで、心配で心配でたまりませんでした。

とにかく今は刺激、刺激で、頑張ります。