バタバタしているうちにあっっという間に療育の卒園式を終え、保育園の入園式も終え、なんと4歳の誕生日まで終わってしまいました…!
季節はすっかり初夏ですね。
この間に次男はというと、ずり這いをはじめ、腰が座って立派にお座りをし、下の歯が2本生えて、つかまり立ちをし、はいはいを通り越して高ばいに夢中。
最近は5秒くらいは手を離してひとりでグラグラ立って、キャッキャと笑っています。

そして、常に目標物に向かって最短距離で突進するので、お兄ちゃんに多大な被害が…頭の先から爪先まで問答無用に乗り掛かられて迷惑そうです。

毎日そこそこ過酷な試練にもまれてます。
そうでなくてもすぐに近くに寄っていって、立つ時の取っ掛かりとしてお兄ちゃんを”使う”ので、ものすごくハラハラします。

からのたっち。で、ドヤ顔。
Ngチューブはもう何度抜かれたか…

嫌な顔しながらもクールな兄は、「もーやめてよ」「はいはい、ちょっと落ち着いて」という感じです。
嵐が過ぎ去るのをじっと待ちます。
怒りません。
めちゃくちゃ優しいお兄ちゃんです。
あ、危険な時はちゃんと引き離していますのでご心配なく。
このかわいい貴重な時期を大切に記憶に焼き付けておきたいと思うんですが、日々の暴君ぶりにそれどころじゃない疲労感も抱えつつ…かわいい💕とゲッソリ…😱が波状攻撃のように襲ってきます。


バタバタと忙しなく過ぎていく日々です。
最近立て続けに、ブログ読んでます!という方に3人もお会いしたので(こんな超マイナーブログを…ありがたいです。涙)、ちょっと気合入れて書かねばと必死で尻を叩いています。
毎日、中身の濃い記事を更新していらっしゃるブロガーさん、本当尊敬します✨
まずは3月の話から。
2歳から通っていた療育の卒園式がありました。
とても居心地のいい療育園で、就学まで通うことも考えたのですが、この春から保育園に通うことを決めたのです。
受傷後ちょうど1年で通い始めて1年9ヶ月、あっという間でしたが療育のおかげで大きく成長しました。
思い返してみるとその間の息子の変化の大きさにも驚きますし、何よりわたしがどれだけ救われたかわかりません。
通い始めの頃は、週に2日の母子通園でした。
最初のアメリカとメキシコでの治療から帰ってきたばかりで、まだ仰向けのままほとんど自分では動かず、ほぼ無表情で感情を表すこともなく…わたしたち家族以外からしてみたら、”寝たきりで意思表示のない子”でした。
それが通い始めて半年で、大きな声をどんどん出すようになり、表情がゆるむことも出てくるように。
初めての制作で絵の具を手につけて画用紙に塗った時、ほんの少し手を動かしてくれるだけでしたが、ものすごく感動しました。

感じているのは、冷たくてベタっとした絵の具かもしれないし、パキッとした黄色の色味かもしれないし、画用紙のザラザラかもしれない。
さわさわとほんの少しだけ動く手のひらに、息子のわくわくが表れているようで、あぁ、この子も「感じることができるんだなぁ」と感動しました。
そして、保育士さんたちによる言葉のシャワー。
親でも感情を読み解くのが難しい子を、そんなこと関係なくとにかく話しかける。
注意深く反応を見て、また話しかけて、表情筋が少し動くだけでちゃんとそれを拾い上げて次のコミュニケーションに繋げてくださる細やかさは、日々の生活に疲れている親には真似できないレベルでした。
もっとたくさん通わせたい!と何度も要望を出して、人員の調整も大変だったと思いますが、半年後には週4~5日の母子通園させていただけることになりました。
本当にありがたかったです。
そこからの3ヶ月間は、次男の妊娠初期でキツいつわりの時期でもあり、息子の楽しそうな顔を見るためとはいえ、なかなか大変でした。
でも気持ちの変化が表情にかなり表れるようになって、「うれしい」「楽しい」「嫌い」「不満」がわかるようになってきました。
口をゆるませて笑顔の片鱗すら見せてくれるようになりました。
好きな先生、抱っこしてほしい先生、甘えられる先生という好みも出てきました。
新年度からは週1日の母子通園に週4日の単独通園に(コロナの影響で母子通園が週2日から1日に)。
バス登園デビューもしました。
4月に初めて笑い声をあげて笑ってからは、意思表示の面は加速度的に伸びていきました。
7月から12月までは出産のため、週5日の単独通園になり、バスで楽しそうに登園していく姿に頼もしさを感じました。
そして、1月に久しぶりに親子で登園して驚いたのが、お友だちとの関係性を息子なりに作れていたこと。
お友だちの様子やすることをじっと見て反応したり、手を繋いでもらっていたり、子どもたち同士での感情のやりとりをするようになっていたのです。
そして、保育士さんたちに自分の気持ちをより豊かに表現するようになっていました。
この様子を見て、保育園でもなんとかやっていけるのではないかと安心したんです。
療育で出していただけるおいしいご飯で、食べるのもずいぶん上手に早くなりました。
たくさんの制作の中で感覚の好みも出てきました。
体を使った大きな遊びでは2~3回かけてじっくり味わって、楽しい楽しくないを判断するようになりました。
斜面すべりで少しずつ体を動かして自分で滑れた時の得意げな顔や、スウィングで振り幅を大きくすると楽しそうに声をあげて足をバタバタする様子。
挙げればキリがないですが、外からの刺激をたくさん感じることができるようになり、それを表現できるようになりました。
それもこれも先生方の丁寧な療育のおかげです。
感謝してもしきれません。
当初の表情がほとんど見えない頃から、「こんなこと考えているのかな」と様子を窺いながら、息子に接してくださっていました。
それがわたしには衝撃でした。
親ですら、怪我をしてから1年間ほとんど感情の見えない息子を相手にして、コミュニケーションを諦めてしまっているところがありました。
子どもがこちらの言うことすることを理解しているかのように接し話しかけること、療育の基本だと思いますが、親が24時間それをし続けるのは不可能に近いです。
何かアクションを起こす時必ず声がけをしたり、問いかけて反応を見て接するのが、子どもの発達に必要なことなのはわかっていますが、反応がほとんど返ってこない相手にそれをやり続けるのは難しいからです。
無力感と徒労感で、こちらのやる気が全く働かない時もあります。
それを療育の場で、先生たちが細やかに実践してくださっているのを見て、とてつもない安心感がありました。
たとえ家で気持ちが折れてしまっても、療育がある。
息子の気持ちに応えてくれる場所があれば気持ちを表現することを諦めないだろうし、心の拠り所になるはず、と。
先生たちはこっそり、「お母さん、保育士は仕事だからできるのよ。家で24時間子どもと向き合っているお母さんが一番大変で、一番子どものことを思っているんだから、頑張りすぎなくていい。療育に来ている時は、全部任せればいいからね。」と。
本当に救われました。
事あるごとに無理しないでねと声をかけていただきました。
ここに引っ越してきてよかったなと心から思います。
母子ともに心折れずに日々健康に過ごせたのは、療育のおかげです。
そんな心の拠り所だった療育園を卒園しました。

最後の挨拶ではボロボロ泣きっぱなしで、恥ずかしい姿を晒してしまいましたが、そのくらい思い溢れる濃い1年9ヶ月でした。
これからもここで結んだ縁を大切にしたいと思います。
心から、ありがとうございました!
















